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無形の「知」が市場競争力を生み出す時代になり、企業の投資構造も変わってきた。
モノの価値しか売れない会社は淘汰されていく。

先進的な企業は「イノベーションにつながるアイデアの半分は社外から得られる」と考え、オープンな組織やワークプレイスをつくろうとしている。

ヒエラルキーに基づくツリー型の組織とオフィスは既存の情報を処理するには最適だが知識創造には向かない。人や場所が固定され、無駄が生じる。

従来型オフィスは工場と同じ発想で設計するので「ライン」が固定されてしまう。今後は都市計画のようにエリアごとの自由な関係性を重視すべき。

暗黙知は「共同化→表出化→連結化→内面化」のプロセスを繰り返すことでより高度な形式知に。この流れを断ち切る企業は成長できない。

知識創造の方法そのものが企業にとって最重要ノウハウであり、それを確立することが大切。経営者はオフィスを含めた「知」への戦略を考えなければならない。
紺野 登 氏
多摩大学大学院教授
こんの・のぼる。1954年東京生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。博士(経営情報学)。株式会社博報堂を経て、株式会社コラム代表。千葉大学大学院工学部講師、北陸先端科学技術大学院客員助教授を経て多摩大学大学院教授。知識経営、デザインマネジメントのパイオニアとして、経営変革、ナレッジマネジメント、知識事業開発、デザイン経営戦略、リーダーシップ開発などの実務の傍ら知識経営研究を続ける。2004-6年グッドデザイン大賞審査員。

紺野 登氏の主な著書
知識創造の方法論 ──
ナレッジワーカーの作法
(野中郁次郎氏との共著)
東洋経済新報社/2003年4月発行/1,890円(税込)
/ISBN:4-492-52136-4
知識経営理論の第一人者による「知の方法論」の書き下ろし。ナレッジワーカーとしての個人が知識創造の本質的理解を深めるための、知の作法を論じる。

創造経営の戦略 ──
知識イノベーションとデザイン
ちくま新書(筑摩書房)/2004年2月発行/777円(税込)
/ISBN:4-480-06155-X
企業の成長力とは何か?これまで十分議論がなされてこなかった問題に対し「創造経営」の視点から、「経験」「デザイン」「ブランド」などカギを握る概念を再考。次代の経営戦略の在り方を探る画期的な一冊。

知識創造のワークスタイル ──
来るべきユビキタス社会における新しい働き方の提案
次世代オフィスシナリオ委員会/編
東洋経済新報社/2004年12月発行/2,100円(税込)
/ISBN:4-492-76153-5
駅のカフェやタクシーの中でも会議に出席。そんなユビキタスな社会が目前に迫っている。時間、場所に制限されない欧米の仕事環境事例を交え、新しい働き方を提案。紺野氏の原稿「ワークプレイスの将来と知識経営」を掲載。


1980年代以降、企業にとって重要な資産は、工場設備のような形のあるものから、情報やノウハウといった目に見えない無形のものへと移ってきました。米国連邦準備制度理事会(FRB)の議長だったアラン・グリーンスパンが「合衆国の経済的産物はほとんどがコンセプトになった」と発言したように、知識資産が市場をリードする原動力になってきたのです。マイクロソフトのプログラミング技術、ファイザーの研究開発ノウハウ、ディズニーランドのエンターテイメント、ギャップのブランド、ハリウッドの映画コンテンツなどはすべてそれにあたります。
ここで誤解しないでほしいのですが、モノ経済から知識経済への変化は、決してソフトウェアによるサービス産業だけが発展してきたことを示すのではありません。商品自体はハードウェアであっても、そこに何らかの知識が加わることで新たな価値を生み出しているのです。ユーザーの経験価値を重視したアップルコンピュータのiPodやiPhoneなどは典型的な例といえます。音楽プレイヤーも携帯電話も従来からあるアイテムですが、他社にない「知」によって進化させることで、競争力を発揮できる商品に生まれ変わりました。
つまりこれからは、製造業をはじめとする既存の産業であっても、知識によって価値を創造できる企業だけが成長できる。逆にいえば、この流れに乗り遅れた企業は市場から淘汰されてしまうのです。
知識創造を経営の根幹とすることで成功したケースとして、米国のサウスウエスト航空の話をしましょう。航空会社はモノへの依存が大きい産業の代表です。100億円以上する高価な旅客機を多数用意しなければ事業を始められませんから、以前は資本力こそが成長の源であり、大手が弱小エアラインを次々
と買収していくことで寡占化が進みました。ところが現在、アメリカではメジャー6社のうち、実質的にビジネスを成功させているのはサウスウエスト航空を含む2社だけです。残りは連邦破産法の適用を受け、経営再建を進めるのに必死で、かつての華々しさはありません。
サウスウエスト航空は1970年代に設立された後発のエアラインですが、事業を拡大するにあたって他社の弱点を徹底的に研究しました。そして、拠点空港を中心にするハブ・アンド・スポーク型のネットワークでは機体の待機時間が長くなって運用効率が悪くなると判断し、中型機で地方空港間を直接結ぶポイント・トゥ・ポイント型の路線網をつくったのです。実はこの陰で、スタッフがF1レースのコックピットに出向いて、スピーディな給油のやり方を実地研究するなど、独自の知の獲得や創造を行ってきたのがサウスウエスト航空でした。
これらのケースでもわかるように、違いはノウハウ、知にあります。モノの量で市場を席巻していく経営手法はすでに通用しない時代になりました。そこで「知」を活用するのが知識経営であり、21世紀における企業のあり方なのです。

このように企業の経営スタイルが急激に変わってきている現在、オフィス戦略だけが旧態依然でいいはずがありません。それでは、ワークプレイスの変革はどういう方向に進むのでしょうか。一つはオープン化だと思います。
先ほど例に出したサウスウエスト航空では航空機の新しい運用方法を検討するとき、同じ業界だけでなく広くさまざまな領域から知識を求めました。たとえば機体や客席の整備に関しては、自動車レースのF1で給油するときのシステマチックなスタッフの動きを参考にしたそうです。
似たようなことは他の先進企業でも実践しています。
家庭用品の世界的メーカーであるプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)では、研究開発を示すR&D(Research and Development)という言葉はあまり使っていません。それよりもC&D(Communication and Development)のほうが重要だというのですね。今やイノベーションにつながる有用なアイデアの半分は社外から得られると考えて、外部の専門家によるデザイン会議体やマネジャーが新しい発想をするイノベーションジムという場所までつくってしまいました。
振り返って日本企業のオフィスを見てみると、残念ながら社外にオープンな構造を持っているところは、まだまだ多くはありません。基本的にはクローズドで、社内だけで情報を伝達、処理するのに最適化したような仕組みになっている。これでは本当の意味の知識創造などできないのです。
いまだに豪華な役員室に広いスペースを割いている会社が大半なのも問題でしょう。役員は普段ほとんど社内や自席にいません。実は彼らこそ、「アイデアは社外から」の実践者であり、多様な人と交流する必要から、日々、飛び回っているのです。それにもかかわらず、広い居室を社内に構えているのは無駄でしかありません。
おそらく、頭ではみんなわかっているのです。しかし、序列が優先される日本では、「重役には立派な部屋がなければ……」という常識にとらわれ、なかなか思い切った改革ができません。その結果、社内の地位に基づくオフィスの構造がいつまでも残ってしまう。
会社組織とオフィスは表裏一体の存在です。したがって、オフィスが変わらなければ知識経営型の組織は実現しない。そのことを、もっと真剣に考えなければなりません。

20世紀型の経営組織はヒエラルキーに基づくツリー型になっていました。上に会長や社長がいて、そこから部長、課長、係長、平社員と下がるに連れ、セクションが細かく分かれていく。日本の島型対向レイアウトはそれをそのままオフィスで具現化したものにほかなりません。このため、「田」の字型に固まったデスクの内部では効率的に情報の交換ができるものの、そこから離れれば何をやっているかもわからないほどです。
面白いことに、これはコンピュータシステムとまったく同じ構造です。サーバが階層的に連なり、下にクライアントであるパソコンがぶら下がる形のネットワークは、企業の組織図と変わりません。
このようなスタイルは、内部にある情報を処理するには最適です。オフィスでもコンピュータでも、限られた範囲だけで作業を行い、結果を上に伝える。事務作業には大変効率的なものの、「ゼロから新しい価値を生み出す」といった創造的な業務をするには限界があるのです。
ツリー型オフィスの最大の問題は、コミュニケーションがグループ内だけに限定されて情報の流通が妨げられ、結果として社員の能力を最大限に発揮できない点にあります。組織にこだわる上司から見れば、部下が自分の前に座っているだけで安心するのかもしれませんが、そこに社員が固定されている間はビ
ジネスチャンスを失っているということを認識すべきでしょう。したがって、知識創造型の組織にしたいならデスクも機能別の配置に変え、人材をもっと有効に活用していかなければなりません。必要なときに必要な人が無駄なく業務に参加できるように、部門ではなくそのときどきの職務に合わせたワークプレイスを構築するのです。
また、場所によって機能を固定する方法も見直さなければいけません。これまでのオフィス設計では、最初にスペースの配分を行いました。そして「会議室は会議をするところ」と、場所と機能が一対一で対応していたのです。もちろん昼休みにそこで食事をする人ぐらいはいたでしょうが、それはあくまでスペースを借用しているに過ぎません。これでは会議をしていない時間はそのスペースが無駄になってしまいます。
新しいオフィス設計の考え方としては、このような束縛をなくし、区画ごとの利用方法はユーザーであるワーカーに任せるというのは有効だと思います。フロアで分かれている必要もないし、空間の仕切りも柔軟でいいのです。その結果、働き方はかなり自由になる。実際、ITネットワークの発達によっても人や場所を固定する必要はないのです。こうした試みを経済性と戦略性、創造性といった視点でみながら進めていけるとよいと思います。

知識経営時代のオフィスは、ホワイトカラーがデスクに貼りついて情報処理をするのではなく、ナレッジワーカーが知識の創造と実行をする自由な「場」でなければなりません。そして、暗黙知と形式知を相互変換しながら新たな価値を生み出していくのです。
暗黙知とは、「自転車のうまい乗り方」のように言葉ではなかなか説明できないコツや方法を示します。当然、一部の人の頭の中だけに眠らせておいてはいけませんから、ノウハウやマニュアルという形式知にしたり、教育という形で他の人に伝えていきます。それが知識経営あるいは広義のナレッジマネジメントの基本になります。ところが、現在のツリー型のオフィスレイアウトでは、その機能が充分とはいえません。形式知であれば公式文書の形で流すことはできますが、暗黙知はデスクの「島」から外には出ていきにくいからです。
これまでのオフィスの建築計画は、実は工場の設計とまったく同じでした。工場では最初に製品ごとの生産ラインに沿って機械を並べ、空いたスペースに他の機能を割り振っていきますが、オフィスも部門ごとに並んだデスクを基本としていたのですね。
しかし、ナレッジワーカーに期待されるのは機械的に事務処理を進める単純業務ではないのですから、発想を根本から変えなければなりません。あえて工場の例でいえば、ラインを自在に行き交ったり組み換えたりできなければいけない。そうなると、私は都市計画のような設計方法が有効だと思います。大まかに地域の設定はするものの、基本的に細かい利用方法は住人の行動に任せますし、それぞれの地域が常に連関関係にあることを前提としている。つまり、人々の自由な交流を促進するのが都市であり、「機械は移動しない」と考えるのが工場なのですから、これからのオフィスは町づくりの発想が求められるのです。
さらにオフィスは空間だけで完成するものではありませんから、そこで働く人の動きも重要です。多様な暗黙知を持ったリーダー的な人材が多くの部門と情報交換できるように、組織や制度なども変えていく必要があるでしょう。
人や場所をできるだけ固定しないオフィス……というと、すぐに「フリーアドレスにすればいい」と決めつけてしまうケースがありますが、そんなに簡単なものではありません。完全なノンテリトリアルオフィスは人の関係性がバラバラになり、かえって暗黙知が伝わらないことも少なくないのです。それよりも、そのときどきの職務に合わせた機能的な配置を行い、人々が自由に動けるような組織運営をしたほうが有効だと思います。たとえば、部門ごとではなく、ノウハウ別にデスクを並べるのも一つの方法でしょう。そして、総合的な知識を持った人がいろいろな「島」に顔を出すことで知の交流を図る。これなら、若い社員は先輩の仕事を見て育っていけますから、教育的にも大きな効果が期待できるはずです。


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