外部のデータセンターと結ぶ広域LANがフレキシブルな情報環境を可能にする
オフィス内だけでなくあらゆる場所をワークプレイスにしてしまう究極のフリーアドレス。それを可能にするために信太氏たちが提案したのが、新しい情報通信システムの構築だった。
「基本的な考え方としてサーバをオフィスの中に持たず、業務上必要なデータはすべて、万全のセキュリティ対策をとった外部のセンターに置くようにしました。そして必要に応じてここにアクセスすることで、どこにいても同じ情報環境が実現できるのです」(信太氏)
データセンターと東京、名古屋、大阪の事務所は広域LANによる専用回線で結ばれている。さらにインターネット経由でもサーバへのアクセスが可能なため、派遣先である顧客のオフィス内にクライアントサイトを構築できるほか、ADSLや光ファイバー、公衆無線LAN、移動体通信網(携帯電話ネットワーク)などを利用してのアクセスも可能だ。
「もちろんセキュリティの対策は完璧にしてあります。インターネット経由の場合はVPN(Virtual Private Network=公衆回線上に仮想の専用ネットワークを構築する技術)によって安全性を確保していますし、スタッフが持ち歩くPCはハードディスク上のデータをすべて暗号化してあるだけでなく、USBポートに厳重な接続制限をして、情報の漏洩を防ぎました」(信太氏)
データセンターに情報を集約し、広域LANを利用してアクセスする方法は、「どこでもオフィス」を実現するだけでなく、今後、オフィスの再編成をするときにも有利だという。あらた監査法人 情報技術部の白川紀一郎氏が期待するのは、むしろこの部分のメリットだ。
「業務上の利便性を考え、サテライトオフィスを何カ所かつくろうという計画があります。そういうときでもインターネット環境さえ整えればすぐに仕事ができるのですから、こんな便利なシステムはありません」
ちなみに電話網もVoIP(インターネットやイントラネットなどを利用する音声通信)によって広域LANに組み込んでいるため、別回線を用意しなくても通話が可能だ。
「オフィスを構築するとき、ネットワークや電話の設定は常に頭を悩ます問題の一つでした。しかし今回導入したシステムであればその手間はほとんどなくなり、工事にかかるコストも大幅に軽減できます。フリーアドレスと新しい情報通信システムにより、今後のオフィス計画は、かなり柔軟に立案していくことができそうです」(白川氏)
開放的なコミュニケーション空間と自由に選べる多様なワークプレイス
それでは、新しく生まれた丸の内オフィスを紹介しながら、あらた監査法人の新しい試みについて説明していこう。

使用する部屋を予約するためのタッチパネル。
東京駅の目の前に完成した新丸の内ビルは交通の便の良さでは申し分ないが、もう一つ、大きな魅力を持っている。それは眺望だ。
今回のプロジェクトで中心的な役割を果たしたCWファシリティソリューションの綱川藤男氏は、こう語る。
「最初に驚いたが景色の良さでした。皇居側に高いビルがないので都内が一望できますし、南側もレインボーブリッジから東京湾まで見通せます。この眺望を活かすため、フロア全体を使った開放感のあるオフィスにしようと思ったのです」
その考えは、あらた監査法人側も同じだった。デザインの方向性を決めるコンセプトワークは、約60名の若いスタッフの声を集めて行われたが、そこで重要なキーワードになったのが「風通しの良いオフィス」である。
「会計・監査業務は担当する顧客ごとのチームで行われるため、オフィスが分断されていると組織横断的なコミュニケーションがどうしても阻害されてしまいます。そこで、エントランス付近の接客と会議室のスペースを除いたすべてを一つの大空間にし、眺望も楽しめる開放的なオフィスにすることになったのです」(綱川氏)
なお、フリーアドレスの採用については、「若いスタッフは三田のオフィスですでに慣れているので、まったく抵抗はなかった」という。
「それでも、同じようなデスクを並べただけの均一的な空間は合わないと思いました。フリーアドレスだからこそ、さまざまなワークプレイスを選べるようにしたかったのです」(綱川氏)
そして最終的に決まったコンセプトは「高品質なプロフェッショナルサービスを支えるため、個々のスペシャリティが活かされ、活発なコミュニケーションがなされる場」となる。
「あらた監査法人はスペシャリストが集まる組織です。しかも彼らは顧客のところに派遣されて仕事をする時間が長いだけに、自分のオフィスに戻ったときには、そこが心のよりどころになるような高品質の空間を用意しておかなければなりません。そんな考えから、My Firmという言葉をデザイン上のキャッチフレーズにしました」(綱川氏)
法律事務所を「a law firm」と呼ぶように、firmには専門的な仕事の場といった意味がある。つまり、フリーアドレスでありながら、着いた席がスペシャリティを活かせる環境になっていることが重要なポイントになる。
「見ていただければわかるのですが、オフィス内にはさまざまなタイプの“デスク”が用意されています。したがって、集中作業からグループワークまで、そのときどきで最高のパフォーマンスを発揮できるはずです」(綱川氏)
たしかに、あらた監査法人のオフィスは、ユニバーサルプランのレイアウトとはまったく異なる。個室タイプやブースタイプ、窓際のカウンターといった集中できるコーナーがあると思えば、3人用から12人用まで、大きさや形の異なる共同作業用のテーブルも用意されているからだ。またリラックスできるカフェタイプのコミュニケーションスペースもかなり広くとってあり、それぞれの場所ごとに色調や照明を工夫して、変化のある空間になっている。
「とにかく、ここに戻ってくることが『楽しい』と感じられるようなオフィスにしようと思いました。このため、カフェ以外にもコーヒーなどが自由に飲めるコーナーを複数設置していますし、夜景が見やすいように窓際の照明を落とすといった演出もしています」(綱川氏)
監査法人としての信頼感を演出するエントランスからの二重ガラスドア
一方、エントランスまわりの接客と会議室のスペースは、「楽しさ」を演出した執務スペースと異なり、シンプルでありながら高級感あふれるデザインになっている。
「やはり丸の内にあるということで、あらた監査法人の表玄関にふさわしい空間づくりを心がけました」(綱川氏)
大きなポイントの一つが、エレベーターホールから続く廊下とを分ける二重のガラスドアだ。
「監査法人の場合、それほど頻繁に来客があるわけではありません。したがって、ここは開放的にするよりも、二重のドアによって『セキュリティのしっかりした会社』というイメージを与えるようにしました」(綱川氏)
そして受付を通ると、オープンな接客コーナーと、ガラスパーテーションで区切られた会議室が並ぶ。ここからも、北西方向の眺望が楽しめる。
「この景色は、新丸ビルにオフィスを持った会社にとって最大の財産の一つですから、最初に全体レイアウトを考えたとき、接客スペースはここにしようと思ったのです」(綱川氏)
眺望の良さを強調する目的もあって、会議室に続くスペースはあえて照明を落としている。
「会議室に入ったとたんに広がる窓の外の風景に多くの人が感動しますね。その効果は、どんなに豪華な内装をしても得られない。それだけでも、ここにオフィスをつくった意義はあるのではないでしょうか」(綱川氏)
タッチダウンのためのオフィスではスペースよりも便利さを優先すべき
7月に丸の内オフィスがオープンし、三田オフィスとの2カ所による業務を開始した、あらた監査法人だが、今のところ、分散によるデメリットはまったくないという。
「フリーアドレスにより、どちらで仕事をしてもいいとしたため、便利だという声のほうが多いですね」(笹山氏)
フリーアドレスについては、先ほど説明したように、ほとんど抵抗がなかっただけでなく、むしろ歓迎するムードすらあったほどだ。
「資料を広げて作業したいときには大きなデスクを使え、リラックスしたいときには休めるスペースもある。固定席のオフィスよりもかえって使い勝手はよく、これからはこういうワークスタイルが主流になってくるような気がしますね」(白川氏)
また、幹部社員用の個室を固定席ではなくホテリングによる共用室としたことについても、戸惑いが見られたのは最初のうちだけだという。
「それまで個室を使い慣れていた人の中には、出社した段階で部屋を選んで予約しなければならないと知ったとき、『どこを使えばいいんだ?』と苦情を言ってきたケースがありましたが、それも数日間だけでしたね。彼らも毎日、オフィスに来るわけではなく、あくまでタッチダウンのためのスペースなのですから、共用することによる経営上のメリットについてはすぐに理解してくれました」(笹山氏)
あらた監査法人は、世界149カ国で監査、税務、アドバイザリー業務を行っているプライスウォーターハウスクーパース(PwC)のメンバーファームである関係から、海外のスタッフが来日し、ここのオフィスで仕事をすることも多い。そんなときでも会議室兼用の部屋や執務室の一画を利用してもらうほどで、無駄なスペースはつくらない方針が徹底している。
「自分のオフィスでしか仕事をしない時代はとっくに終わっているはずです。それだけに、固定的なスペースを多く確保するよりも、どこでも自由に仕事ができる環境を整備したほうが社員にとっての満足度は高いのでないでしょうか」(笹山氏)
それについては、多くのオフィスを見てきた伊澤氏も同意見だ。
「もちろん職種や業種によりますが、多くの仕事を社外でし、自分のオフィスはタッチダウンの場所になっているのだとしたら、そのニーズに合ったスタイルにするべきなのです。オフィスづくりの答は一つではなく百社百様なのですから、経営方針に基づき、思い切った挑戦をしてみるのも必要だと思いますね」

オフィス全景。開放的な空間となっている。

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